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「 一戸さん 」
サブタイトル=携帯の無かった僕らの青春
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これらの写真は1988年以降、社会人になった私が交通機関を使って函館を旅した折、かつてお世話になった一戸さんを訪ねた時のものです。
残念ながら私が青年時代、一戸さんのところへ居候していた1984年〜86年当時(17際〜19際)の写真は1枚も有りません・・・と言うか当時は風来坊でカメラすら持っていなかった・・・(;´д`) |
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写真 001 撮影時期:1988年頃 撮影者:岡崎屋惣次郎
東川町 5 (当時) のSTCC
※携帯の無い時代、お互い交換するのは実家の住所と電話番号でした。
後日電話すると、先方の親御さんが出られて「息子は今何処に居るんですか?」と逆に聞かれたりもしました。 |
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写真 002 撮影時期:1988年頃 撮影者:岡崎屋惣次郎
東川町 5 (当時) のSTCC台所に立つ一戸さん
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写真 003 撮影時期:1988年頃 撮影者:岡崎屋惣次郎
東川町 5 (当時) のSTCC 朝の出発風景
※この日は前日まで泊まっていた紅一点の女性チャリダーが出発すると言う事で、お見送りにも皆気合が入っていました。
私もかつてチャリダーだったので、とても懐かしい光景でした。
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写真 004 撮影時期:1988年頃 撮影者:岡崎屋惣次郎
東川町 5 (当時) のSTCC 井戸端会議
※ネットの無い時代は、これしか情報を得る手段が有りませんでした。
特に北の玄関函館は、チャリダー達の情報交換の場であり憩いの場でした。
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写真 005 撮影時期:1988年頃 撮影者:岡崎屋惣次郎
東川町 5 (当時) のSTCC お見送り風景(後方は函館山)
※この日紅一点の女性チャリダーが北の大地に踏み出す。
皆総出で普段より気合を入れて万歳三唱で見送る。
※携帯の無かった時代、旅先でのお見送り=別れ であり、一期一会の色濃い時代でした。
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写真 006 撮影時期:1988年頃? 撮影者:岡崎屋惣次郎
東川町 5 (当時) のSTCC
※めったに食べられないメロンを前に皆笑顔
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写真 007 撮影時期:1988年頃 撮影者:岡崎屋惣次郎
この時もう誰も住んでいない、かつて二代目STCCがあった長屋(大森町4−5)
※私は1984年、高校三年の夏、自転旅行中 初代(松風町)にお世話になり、その翌年にここ
二代目(大森町4−5)にお世話になり、そのまま越冬。
10代最後の青春をこの長屋で一戸さんと過ごしました。
※STCCの住所遍歴は、
初代(松風町)
二代目(大森町4−5)
三代目(東川町 5)
四代目(栄町8−15) です。
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写真 008 撮影時期:2014年 撮影者:惣次郎の妻
想い出ののSTCC(大森町4−5)にて、一戸さんを探していた時の私
※007の写真から26年後 |
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「 一戸さん・・・沢山の想い出を
本当にありがとうございました。
どうぞ、天国で安らかに
お眠りください。 」
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2014年にこちらの一戸さんのページを掲載して以降一戸さんを知る多くの方々からご連絡きました。
そして皆さまのご協力の結果、現在では一戸さんが眠るお墓へのお参りが出来るようになりました。 |
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一戸さん情報 その後 |
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